マッキ、カーチス!ヒコーキ野郎達集まれ!!

気が付くといつの間にやら、レモン社銀座店の模型コーナーには飛行機が沢山集まっていました。
ボーイング等の旅客機が多いのですが、先日は少し変わり種の模型飛行機(金属製)が2機やって来ました。

いずれもジブリ作品「紅の豚」に登場した機体です。作中には他にもケッタイな飛行機も登場しましたが、皆モデルとなった実機が存在する点が飛行機ファンを「ムフフ」とさせたりします。まずは主人公ポルコ・ロッソの乗機を。作中設定では「サヴォイア」となっていますが、実際にはマッキM.33をモデルにしているとしか思えません。多分、宮崎駿氏の勘違いなんでしょうが・・・・今回はそんなヒコーキとヒコーキ野郎達のお話です。

元のマッキM.33より丸っこくデフォルメされています。

マッキM.33を丸っこくデフォルメしたらこんなデザインになった、的なスタイルです。実際のマッキM.33は機首、尾翼ともにもっと鋭角的なフォルムを持っています。
デザインの基となったマッキM.33は、水上機・飛行艇の最速を競った「シュナイダー・トロフィー・レース」に参加した飛行艇です。1925年の大会に参加したもののアメリカの水上機カーチスR3C-2が優勝を収め、シュナイダー・トロフィーに参加したマッキ最後の競技用飛行艇となりました(その後は水上機スタイルで参戦)。
作中(そしてこの模型・以下「作中」表記)では主人公が賞金稼ぎと云う事もあって機首に機関銃2丁を搭載していますが、実機は当然非武装です。

作中の時代設定では当たり前の望遠鏡型照準器を装備

マッキM.33との大きな相違は主翼の取付け方法で、作中ではパラソル翼を採用していますが実機は肩翼式を採用しています。又、M.33とは異なり主翼に後退角が付けられていますがかえって高速機的なイメージが増していますね。

とは云うものの、レーサー機とは違い風防には望遠鏡式照準器が・・・この時代の戦闘機では当たり前の装備ではありますが、空力的には当然マイナスとなります。残念ながら、太平洋戦争中の日本陸軍機では戦争後半までこの望遠鏡式照準器を装備した機体が結構残っていたようですが・・・

お次は主人公のライバル機、カーチスR3C-0。こちらも実際に存在したレーサー機、カーチスR3C-2を基にでざいんされた機体と思われます。

武装・ラジエータ回り・主翼取付以外は原型機にそっくりです。

先程触れたように、1925年のシュナイダー・トロフィー・レースを制した機体をベースにしていますが、その時のパイロットは日本人にも馴染み深いジミー・ドゥーリトル氏です。1942年の東京初空襲(殆ど冒険的試みと云って良い作戦でした。空母で日本に接近し、投弾後は中国大陸に着陸という内容でしたが、予想以上に早く日本側に作戦を察知され、夜間爆撃の予定を大幅に切り上げる必要に迫られ白昼の作戦となりました)を率いた人物です。

ヒコーキ野郎達の熱い戦いの場であったシュナイダー・トロフィー・レースでしたが、このカーチスの参戦に当たってはメーカー&アメリカ陸軍がガチでタッグを組み、以降のシュナイダーは「国の威信」を賭けた戦いへと変わっていきました。そう云えば、「紅の豚」の中でも「国家とかの看板が無いと飛べない時代になってしまった」とかなんとか、そんな台詞がありましたっけ。

実機とは違い、被弾性を考えたのか、ラジエータは機首下面に設置

基となったR3C-2では主翼表面の大半をラジエータとして活用する手法が採られています。空力的には大変優れた手法であり、後のマッキのレーサー機でも採用されているのですが、たった一発の被弾であっと云う間にオーバーヒートに陥る可能性のある手法でもありまして。その点を考慮したのか、作中のR3C-0では機首下面に吊り下げるようなデザインでラジエータが設置されています。その後の現実にもハインケルHe100が同じアイディアを用い、結果として不採用に終わっています。

R3C-2ではごく普通に真直ぐに主翼が取り付けられています。

このR3C-0はR3C-2とは違い、ガル翼&逆ガル翼の組み合わせとされています。R3C-2では取付基部にフィレット状の盛り上がりを備えていますが、狙いはガル翼と同じく空気抵抗の低減のようです(主翼と胴体部の取付角度が鋭角的になる程抵抗が増し、直角~鈍角的になる程抵抗が低減する)。強いて云うならば、R3C-0の上部翼の取付角はちょっと微妙ではありますが。ま、-0と-2の差と云うことでしょうか?

1925年大会はカーチスが制しましたが、その後イギリスのスーパーマリンが三連覇を成し遂げてトロフィーの永久保有権を獲得し、1931年シュナイダー・トロフィー・レースはその幕を閉じました。

三連覇を達成したイギリスのスーパーマリン社は小さな水上機・飛行艇メーカーでしたが大手ビッカースの傘下に入っていました。シュナイダーを制した機体の設計者レジナルド・ミッチェル氏はその後イギリスの守護者「スピットファイア」を生み出し、大戦勃発直前に42歳の若さで世を去りました。
ちなみに、スーパーマリン社の創業者と時計メーカーのルクルトがタッグを組んで生み出された珍品カメラが「コンパス」だったりしますが、スーパーマリン社は戦後にビッカースに吸収合併され、その偉大な名前は過去の物となりました。

マッキはその後M.C.72と云うモンスターを生み出し世界速度記録を樹立(エンジンクランクが吹っ飛ぶような高出力エンジン搭載で、パイロットの死亡事故も起こしています)、大戦中は現場の横槍で不本意な機体を作ったりしてましたがダイムラーエンジンのライセンス生産が実現すると優秀な機体を送り出し、現在も企業存続しています。

カーチスは?その後、世界で一番鮫の顔の似合う「P-40」を生み出しましたがねぇ・・・
頑丈さと低価格が売りのP-40でしたが、P-40よりちょっと高いかな?位の価格で「第二次大戦最優秀機」ノースアメリカンP-51が登場するのに自ら一役買ってしまった墓穴掘りをやらかしています。貴重な空力データをノースアメリカン社にあっさり売ってしまい、ノ社の躍進を助ける格好となってしまいました。そして戦後、ノ社に航空機部門を売却し機体製造から撤退となりました。が。まだまだ航空機関連のお仕事で頑張っています♪

宮崎駿氏もなかなかに空への熱い想いを抱かれた方だと思いますが、そんなオトナは実は結構多いのではないかな・・・などとも思っています。
お時間ございましたら、レモン社銀座店の模型コーナーまで是非お運びくださいませ。

鉄道模型担当ではありませんが;松浦

マッキM.33?
カーチスR3C-0
いずれもレモン社銀座店・委託のお預かり品、¥35,000-(税込・4/7現在)です。?