昔から趣味の世界でどっぷりはまってしまうのを「沼にはまる」と言います
カメラの世界では「ライカ沼」「サードパーティーレンズ沼」「パーツ沼」など・・・
その中でもインスタなどの影響で最近沼にはまる方が急増しているのが、そう・・・
ロシアレンズ沼
ロシアレンズについて、皆様はどのようなイメージをお持ちでしょうか。
安かろう悪かろう、良く写るか、癖玉か・・・
その正体たるや、いかなるものか・・・?
今回は自身もロシア沼住人でもある私が水先案内人となりまして
「ロシアレンズ紹介の決定版」と銘打ち、危険と魅惑あふれる沼へとご案内。
インダスター(ИНДУСТАР)
ロシア語で工業製品と言う意味の味気ない名称のテッサー系レンズ群。
ライカL互換のカメラ、ゾルキー・フェドについているエルマーそっくりの標準レンズや
星ボケで有名なインダスター61L/Zもこのシリーズです。
with ゼニットET
ロシアンパンケーキレンズ。薄く小型軽量(65g)で独特のデザイン。
入っているロゴは生産工場の「KMZ(クラスノゴルスク機械工場)」
プリズムに光の反射した図をモチーフとしたマーク。
(ロシアでは)ザ・スタンダードなフイルム一眼レフである、
ゼニットの標準レンズで私の所有している個体は
文字が英字表記の輸出用ですが、ロシア語表記の物もあります。
L39マウントの物もありますが、正確にはM39ゼニットマウントという
ロシア独自規格のため普通に使うとフランジバックの加減で無限遠が出ません。
使うならM42マウントの個体にしましょう。
作例
寒々とした色合いは故郷ロシアへの郷愁か...
色味は寒色系と赤が強く、全体的に渋くくすんだ感じになるので
万人受けはしないけれど、好きな人は好きと言ったところでしょうか。
ゼニットで撮っていた時は、同じく青みの強いコダックのフイルムとの相性が良く
褪せた色合いを活かして廃墟や冬の景色を撮っていた記憶があります。
コーティングが甘く逆光にめっぽう弱いので、
少しでも光源があれば盛大にフレアが出ます。
日中・快晴にはフード・UVフィルターが欲しいところですが、
フィルター径が35,5mmと特殊な径のため、入手はちょっと面倒です。
同じくロシアトイカメラ界の迷(?)機スメナ8のフィルター径も同じですから
ロシアでは意外にポピュラーなサイズだったりするのかも?
弱点である強い光源さえなければ、テッサー型の本領発揮で
シャープな絵を出してくれます。
描写自体は繊細でやさしく穏やかなボケ味なので
モノクロとの相性がとても良いんですよ。
ボディであるゼニットEシリーズは派生を含め、
累計おおよそ1200万台ほどが生産されましたから
このレンズも玉数が大変多く値段もお手頃なので、入門用におすすめの1本です。
ヘリオス(Гелиос)
ロシア語で太陽という意味で、本場の発音では正確には「ゲリオス」となります。
オールドレンズ界ではグルグルボケの代名詞となっている、
戦前型のツアイス・ビオターをコピーしたヘリオス44シリーズが有名ですね。
with キエフ19M
キエフ19というニコンAiマウント互換カメラの標準レンズ。
入っている肉まんのようなロゴは旧ソ連、現ウクライナ「アーセナル工場」生産の証。
ロシアカメラといっても、キエフやフェドなどの有名どころは実はウクライナ生産が多く
ひっくるめて「ソビエトカメラ」ないし「ソビエトレンズ(略してソレンズ?)」と言った方が正解かも。
カメラ自体はプラスチック感あふれる外見で、金属縦走りの大きめなシャッター音や
ゴリゴリした重い巻上レバーなど、ガサツなフィーリングながら
意外にも実用的で使い易いんですよね…。
なにはともあれ、ビオター系をニコンマウントで使えるというのは結構貴重なことです。
ビオターの生産は、本国ドイツでは1960年には終わっていますが、
遠い親戚ヘリオスはその後も生き残り長期に渡る生産を経て
だいぶ改良されている様で初期型のヘリオス44より、グルグルボケは軽減されています。
ちょっと残念に思う方もいるかもしれませんが…ビオター型の魅力というのは
グルグルボケだけではなく「温かみのある色」と思いますので、これはこれで良しとしましょう。
ARSENAL HELIOS-81N +NIKON D40X
この作例ではニコンのデジタルに装着して撮影してはいるものの、
あくまで”ニコン近似”であるため、
この手のバヨネット式レンズは工作精度の出ていない
「ハズレ」個体を付けると取れなくなってしまうことも。
最悪の場合分解修理になるので
ミラーレスにアダプター経由でつけるのが無難です。
同様の理由でロシアボディとニコン純正レンズというのも
相性が悪い場合があるので、あくまで自己責任の上で楽みましょう。
ジュピター(Юпитер)
木星の名を関する、コンタックス系の血を色濃く継いでいるシリーズ。
ロシアレンズでもメジャーな「ジュピター3」「ジュピター8」などは
特に戦前型のゾナーを元としているため濃厚でコントラストの高い絵を出します。
with フェド5B
ゾナーが欲しい、でも高い…そんな人たちの救世主。
戦前型ツアイス・ゾナー50mm/F2の完全なるコピー。
1950年代から長期に渡り生産されていたため、入手しやすく
アルミ製鏡筒でとても軽いのですが、反面摩耗してガタが来ていたり
酷い感触だったりするものもあるので気を付けましょう。
ボディのフェド5は、ロシア・ライカコピーの末裔。
ころんと厚ぼったいけれど、どこかかわいげのあるフォルムが魅力的です。
1990年代まで生産され、未だにデッドストック品が出回っていたりしますし
結構使いやすいので、ライカレンズを気軽に楽しむのにおすすめですよ。
作例
甘美にとろけるボケ、滲み、立体感はまさしくツアイスの血筋。
戦前型ゾナーが元々カラーが無い時代のモノクロ用前提で作られているためか、
カラーで撮影するとかなり鮮やか、コントラスト高めです。
フレアは比較的出やすいのですが、コントラストを
色ノリで補っているのでインダスター50ほどは気になりません。
KMZ Jupiter-8 + FUJIFILM X-M1
しっとりとうるんだような質感や立体感。
戦後ゾナーは改良によってシャープさが上がっているのですが、ジュピターに関しては
半世紀以上に渡って生産されながらも、ロシア人の頑な気質なのかずっと軟調なままで
ポートレートや花の撮影では、ふんわり色鮮やかな素晴らしい描写をしてくれます。
同じく戦前ゾナー50mm F1,5コピーの兄弟レンズ、ジュピター3も同様です。
最初期のジュピターは「ZK(ゾナー・クラスノゴルスク)」という名称であり、
戦後ドイツから連れてこられたツアイスの技師たちが、自国道具と硝材を用いて
ゾナーとして作っていたので、初期の物はコピーでなく産地が変わっただけな感ですが、
技術者たちが本国に戻ってからはロシアが受け継ぎ、独自に生産する運びとなりました。
色々複雑な背景はあれど、大量に作られたおかげで
我々としては安価に、戦前型のゾナーが楽しめるというわけですネ。
ミール(Mир)
ロシア語で平和を意味します。
ドイツの怪物、フレクトゴン型設計を基としていて
レンズラインナップは平和とは無縁の強者ぞろい。
with ゼニットET
沼にドップリはまった方々の心をくすぐる巨大な前玉、無骨な鏡筒デザイン。
前期型はまんま本家フレクトゴンからゼブラ柄を消したようなデザインなのですが
後期型はマルチコーティングが施され、鏡筒一体型の花形フードを追加。
ロシア独自と言える形に仕上がっています。
収差補正は極めて良好。光量落ちもこの広角域ではよく抑えられていて、
解像力は開放から高く、絞るとさらにシャープになりますが反面、端が甘くなります。
後期型フレクトゴン20/2.8と同じく最短距離が18cmなので、
広角簡易マクロという使い方も可能。
このレンズの黄色の出方が好きで、夏のひまわり畑なんかを撮ると素晴らしいものです。
実は後ろ玉に専用のはめ込みフイルターをつける方式となっています。
すなわち、出目金な前玉にはネジがきられておらず
保護フイルタ―を付けられないので、寄るのは結構気を使わなければいけません。
これだけ写って、価格は本家フレクトゴン20ミリよりかなりリーズナブル。
資料によってはフレクトゴンコピーと言われていることもあるようですが、
開発時期や新旧フレクトゴンの中間のようなレンズ構成、F値などを考えると
あくまで想像ですが、結構ロシアの血が入っているように思えます。
ボルナ(Волна)
ロシア語で波を意味するガウス型設計のレンズ群。
ロシアレンズのラインナップの中では比較的マイナーな部類ですが、
キエフ60シリーズやサリュート(ハッセルブラッドコピー)用の中判標準レンズもあります。
with アルマズ103
1978年よりロモの生産したアルマズというニコンF2似なKマウントカメラの標準レンズ。
ボディの総生産数が少ない、国外輸出されていない、
レンズのみの単体販売は1993年に僅かに生産されたのみ
などという理由からロシア物としては結構希少です。
鏡筒のデザインはツアイスイエナ・テッサーやフォクトレンダー・ウルトロン似って感じですね。
レンズ表記上はただのボルナですが、”ボルナ-1”と呼ばれる場合も。
兄弟レンズとしてボルナ-4 50mmF1.4とボルナ-8 50mmF1.2(!)が存在しますが、
こちらは更に生産数が少なく極めて希少、まずお目にかかれません。
作例
さて、肝心の写りですが…
50/1.8ですから、東独のイエナパンカラーあたりでもまねているのかと思いきや、
意外にもペンタックス・スーパータクマー55/1.8の写りに個人的には似ているように思えます。
赤紫系のコーティングなので発色こそ異なりますが、色飽和にも強く、抜けの良い優秀なレンズです。
ふんわりした質感ながら描写力あり、二線ボケの傾向こそあれ優しくなめらかなボケ味。
玉ボケの歪み方はちょっとプラナーっぽいかも。
ロシアレンズとしてはかなり上位の実力の持ち主かもしれません。
弱点は…入手難易度の高さですね。
with ゼニット・サプライズMT-1
ロシア製マクロレンズ。マクロ(キリル表記MAKPO)表記のあるロシアレンズは、
これ以外だと私の知る限りでは、ルビナー1000mmというどでかいミラーレンズくらい。
ボルナ-9は先の標準ボルナ三兄弟とは違い生産数が多く、まだ手に入りやすいです。
無骨すぎる鏡筒デザインは生産工場が同じ「LZOS(リトカリノ光学ガラス工場)である、
インダスター61L/Zと非常によく似ていますが、ローレットなどの細かい形状が異なります。
ボディのゼニットMT-1は、医療用目的で作られたカメラで
専用マウントとM42マウントが存在し、更に35mm判とハーフサイズ判のものがあります。
面白い仕様ですが、元々内視鏡につないだりして固定焦点で使う用途であった為か
ファインダーは極端にピントがつかみにくく、通常使用には結構厳しい…。
作例
最大倍率1/2倍のハーフマクロ。
マクロ域では全体的にオールドレンズチックな柔らかさを持ちつつも、
ピント面は切れ味よく写り、色味もロシアレンズとしてはかなり素直な発色です。
ZOMZ VOLNA-9 + FUJIFILM X-M1
高い解像力を持っているので、マクロではない通常使用でも良く写ります。
レンズが奥まっているからか、はたまたコーティングが新しいからか
フレアは比較的出にくい印象ですね。
ZOMZ VOLNA-9 + FUJIFILM X-M1
インダスター61L/Zに単に似ているだけではなく、
絞り羽に関しては同じものが使われているので、F5.6-F8で星ボケを出せるんですよ。
ボケ味もしっかり引き継いでいて硬質ではありますが、雑味の少ない優しいボケ味。
質実剛健ながら遊べる、隠れた名レンズですね。
今も生産されているロシアレンズ
ソビエト連邦崩壊から時は経ち....
生産工場が統合されはしたものの、生産は継続されています。
驚くべきことに21世紀となった現在でも、
Kマウント、Fマウント、絞りピン付きM42マウント、
ペンタコン6マウントのレンズなどが作られ続けているのです。
ゼニタ―シリーズ MC ZENITAR-1N 85/1.4 & MC ZENITAR 16/2.8
ロシア・KMZ(クラスノゴルスク機械工場)生産のゼニット用レンズ群。
ゼニット本体は2005年で生産終了しており、現在はレンズ生産メインとなっています。
インダスターなどの流れを引き継いだ物のほかにも、
ゼニタ―50mm/F1.2やゼニタ―16mm/2.8フィッシュアイなどがあります。
なんと2017年の海外写真イベントではゼニタ―50mm F0.95が発表されました。
現在は「MADE IN RUSSIA」表記となっているので、
ある意味正真正銘のロシアレンズといえるでしょう。
アルサットシリーズ
ARSAT C80/2.8(キエフ60/サリュート用ペンタコン6互換マウント)
旧ソ連、ウクライナ・アーセナル工場生産のキエフ用レンズ群。
アーセナルはかつてヘリオスやキエフの生産を行っていた流れを引き継いでいますので
ヘリオス直系の他、PCSアルサットという名のシフトレンズなどまであります。
ソ連時代の「MADE IN USSR」から、現在は「MADE IN UKLAINE」表記になりました。
決して安かろう悪かろうではないロシアレンズワールド。
製品の品質にばらつきがあり、同じレンズでも個体で評価が異なる場合が多々あるものの
元々は第二次世界大戦後ソビエト政府によってドイツから工作機械、部材もろとも連行された、職人達の技術などがルーツとなっており、
設計こそやや古いものの、基本よく写るレンズが多いです。
冷戦時代より鉄のカーテンと呼ばれた厳しい情報統制が敷かれていたことや
レンズ開発の経緯が複雑ことから、我々では推測でしか語れない部分も多いのですが、
ドイツの隠し子、忘れ形見のようなものや、迷要素満載ロシア独自のものまで
有象無象の世界です。
むやみにハマると大変キケンですので、記事を読んで興味の出た方は
沼へのガイドをいたしますから、ぜひカメラのナニワへお越しください
カメラのナニワ京都店