カメラ今昔物語
こんにちは! 心斎橋本店のたつみです
古き良き時代(と言っても1970年代以降ですが)のカメラ達にスポットを
当ててご紹介していますこのコラム。
さて今回はAE露出機能発展期において大きな役割を果たす事になる
ミノルタ 『XD』についてのお話です
高度経済成長と共に
1955年頃から爆発的な成長を遂げることになる日本経済。
高度経済成長期と呼ばれる時代がそろそろ落ち着き始めた1973年
中堅メーカーであった『ミノルタ』はそれまでの機械式シャッターとは一線
を画す電子制御方式 『Xシリーズ』 を開発・販売する事になります。
その初号機に選ばれたのがミノルタ念願のプロ用モデル『X-1』
→こちらのお話は下記にて。。
https://www.cameranonaniwa.co.jp/blogs/2220551650/
さらにX-1をベースとして翌1974年に絞り優先を搭載した『XE』を、さらに
2年後には廉価機『XE-b』を立て続けに発売しラインナップを充実さます
ちなみにシャッターユニットはライツとコパルとの3社による共同開発
さらにこのXEをベースに『ライカR3』が登場するのは超有名な話。。
(すげーぞミノルタ \( 'ω')/)
さらにそれまで巻き上げレバー上部に設置されていたシャッターボタンが
初めて独立したのもこのXEが最初でした。
結構いい感じの仕上がりのXE。そこそこ売れますが課題もありました。
先ずは外観。。
当時主力機種であったSR-Tシリーズのデザインと踏襲した為、目新しさ
に欠けサイズもいささか大きめ。。
次に重量。。
せっかく電子化を図りながら本体重量は775g。。
(XE-b若干軽く、それでも750g)
SR-Tシリーズよりも約50g増となる始末。。
(あかんやーんミノルタ (T_T) )
各社こぞって軽量・小型・AE搭載に邁進していたこの時期。。
これは結構な痛手。。
(やっぱいつの時代も軽くて便利なカメラは支持されると言う訳です。。)
さあどうするミノルタ (てか開発陣。。)
そうした状況で世間のニーズに応えるため、一発回答の新型機種が投入されます
時に1977年。
後世まで語り継がれる事になる『ミノルタ XD』が誕生します
まさに一発回答!
Xシリーズ4番目の機種として産声をあげた『XD』とはどんなカメラだったので
しょうか?
まずぶちかましたのはボディサイズ。
徹底して見直されたその寸法はXEよりも幅・高さ・奥行 各々約10ミリ以上削り、
小型化を図ります
次に重量はなんと215gダイエットし560gを実現!
(これでデカイ!重い!とは言わせない)
これだけでも開発陣の並々ならぬ想いが感じれれますがこれだけでは終わりません
当時絞りorシャッター優先のどっちが優秀かを写真家も巻き込み論争になっていた
AE機能。
これについても『いっそどっちも入れれば良いんじゃねぇ?』的な発想で世界初の
両優先AEを実現させます。
しかも画期的だったのがシャッター優先。
・ボディから絞り制御をさせる為に連動ピンを設け対応(MDレンズの誕生)
・撮影時には絞りを最小絞りにする事で連動する仕組みを確立
(後に絞り優先陣営のメーカーの基礎となった大発明!)
・露出連動外になると自動的にスピードを変更。名付けて『超自動露出撮影』!
(実質プログラムAEと呼んでも良いこれまた大発明!)
まだまだ続きます。。
・ハッセルブラッドにも提供された高品質スクリーン『アキュートマット』を初採用
(見たら分かります!なんとも優しい眼当たりは絶品!)
・スムーズな巻き上げ感。。(超滑か~)
このXDも協力関係にあったライツに提供され、ライカ一眼レフのベース機として重宝
される事になります
これだけ手をつくしたのにこのマイナー感ったら
機能面において超秀明なXD。
当時のミノルタにおいてもとても大切な扱いを受けます
登場わずか1年で改良機XD-S発売
(視度補正機能を追加した国内専用モデル)
またサービスセンターにおいては貼り革の変更を実施。
(3種類)
さらに多くの記念モデルがあったのもXDの特徴。
(現在あまり見かけませんが。。)
これだけ『大切な』扱いをされながら現代に至ってはマイナーなのでしょうか?
それは。。
① XD発売の翌1978年にキヤノンからA-1が発売され人気をかっさられる
② 実質の後継モデルX-700の登場(1981年)により徐々に隅に追いやられる
カメラ業界内で新機能開発の流れが急激に早くなった時代において不運としか
言いようのない感じです。。
最後に。。
先進的な機能により当時世界最高峰の機種であったミノルタXD
タイミングによっては賞の1つでも取ったであろうその出来栄え。
X-700に道を譲る形で1982年静かに生産完了となります
一方で80年代以降のライカRシリーズの礎となりR7が完了となる1997年まで
足かけ20年、形を変えてカメラ史に貢献するのでした
(了)